坂口安吾 戦争論

 私も、元来、政治に於いては、方便を是とするものである。政治に於いては、私は、極右も、極左も、とらない。もっとも、文学に於いては、そうではない。人間の生き方の究極というものを我が身に賭けて探してみても、所詮本人一人好きこのんでのことで、誰に迷惑がかかるわけでもなく、自殺しようと、断食しようと、いいではないか。
 政治はそういうものではない。その影響が直接全国民の生活にはたらいているのであるから、他人にかかる迷惑というものを、最もつつましい心で勘定に入れていなければならないものだ。
 人間というものは、五十年しかいきられないものだ。二度と生まれるわけにはいかない。人間の歴史は尚無限に続き、常に人間は絶えなくとも、五十年しか生きられない人間と、歴史的に存在する人間一般とは違う。
  政治というものは、歴史的な人類に関係があるわけではなく、常に現実の、五十年しか生きられない人間の生活安定にのみ関係しているものである。来市背というものは、常に現実を良くしよう、然し急速に、無理をして良くするのではなく、誰にも被害の少ない方法を選んで、少しずつ、少しずつ、良くしようとすることで、こう変えれば、かなり理想的な社会になる、ということが分かっていても、いきなりそれを実現すると、多数の人々に甚大な迷惑がかかる、急いでは、ムリだ、と判断された時には、理想を抑えて、そこに近づく小さな変化、改良で満足すべきものである。